「幻想工房」の雑記帳。 管理人の頽廃的でデカダンな日々を赤裸々全裸に記録
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『戦国時代の大誤解』 読了
2007-04-30 Mon 04:57
『戦国時代の大誤解』(鈴木眞哉・PHP新書) 読了
sengoku
テレビドラマの「歴史常識」を疑え!
「歴史常識」に疑問を投げかけ続ける鈴木眞哉先生の戦国入門書?
少しでも歴史を囓った人には物足りないが、時間潰しにはもってこいかも
テレビドラマや歴史小説でお馴染みの戦国ヒーローたちだが、彼らは所詮創作物の中の登場人物に過ぎない。だが、意外とそこに思いが至らない人が多かったりする。「長篠の鉄砲三段撃ち」とかをいまだに信じている人は多いし・・・
amazonのレビューでは、「フィクションに噛みつくのは滑稽」だと断じる方もいらっしゃるが、見当違いだと思う。そもそも、上で例に挙げた「長篠の鉄砲三段撃ち」が「歴史常識」となってしまったのは、近世に成立した軍記物を無批判に採用した旧陸軍の戦史編纂担当者に端を発している。学のある人でさえこの有様なので、普通の人たちが歴史事実とフィクションを混同する可能性はかなり高い。そういった誤解を解くきっかけになるなら、こういう書籍(特にそれが新書なら)の存在価値は高いと思う。まぁ、百戦錬磨の歴史マニアにとっては「何を今更」と言いたくもなるのだろうが、誰かが声を上げ(ネット風に言えば「マジレスしなくては」)なくてはならないだろうし。
構成としては、
怪しい人たち
歪められたヒーローたち
ウソっぱちの名場面
おかしな風景
不思議な合戦シーン
と章立てされており、各章でさらにトピックごとに有名な戦国武将や名場面や合戦、時代劇などでお馴染みのシーンについてとりあげ、それらの虚構を解説してある。非常に平易な文章で読みやすく論旨が明快、と歴史初心者には文句なしにオススメできる。だが、新書ゆえのボリューム不足からか、参考とした史料を挙げていない箇所も多く、これまでの鈴木先生の出版物である『信長は謀略で殺されたのか』や『鉄砲と日本人』『刀と首取り』などに比べ、論証が不十分でかなり雑な論証に終始してしまっていることは否定できない。これまでの鈴木先生の著作をお読みの方には、あえて購入するほどの新情報もなく、コアな歴史マニアにとっては物足らない内容であろう。

時間潰しのために購入したので、個人的には不満はなかった。
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この記事のコメント
通りすがりで失礼しますが
突然ですが失礼いたします。
ご批判を受けましたアマゾンレビューのものです。
たまたまネットサーフィンをしていたところ、
貴ブログのことを知り、こちらの主張に対しご批判があったようですので、
無礼は承知の上で一応こちらの言い分も書かせていただきたく思いました。

鈴木氏のようにフィクションに噛み付く事は正しいとおっしゃられたいようですが、
歴史を「捏造した」フィクションに問題があるのではなく、それを「史実」と勘違いする事が問題なのであり、
よって鈴木氏が批判すべきはフィクションを書いた作者ではなく、それを史実と誤読する読者、並びにその誤解を広める人間たちをこそ「それは間違っている」と批判するべきなのです。
ですから、鈴木氏のように鬼の首を取ったようにフィクションに噛み付くのは筋違いだというまでです。

また、少しでも歴史について学ばれたらわかる事か、と思いますが、
通説に対し非常に攻撃的な鈴木氏の歴史観自体が、
「白兵戦史観徹底否定・敗者美化至上主義」とでもいうべき非常に偏りを持ったものであり、
また自説に都合のいい他人の研究を無批判に採用し、かつ、自説に都合のいい史実のみを取り上げる、というような、問題傾向が少なからず見受けられます。

例えば鈴木氏は徳川家康について痛烈なる批判を繰り広げており、小牧長久手の戦いについて、
「家康は味方に援軍を求められても助けに行くこともできないほどに追い詰められていた。だから家康は秀吉に負けていた」
と語ります。
確かに現実には鈴木氏の言うように家康は味方に援軍を出すことは出来なかったものの、
しかし、その後、秀吉方の蟹江城を落城させているのですね。
けれど、この蟹江城のことについて鈴木氏は一言も触れようとはしないのです。

それがなぜだかはわかりません。
しかし、これは小牧長久手の戦いを語るにおいて、
致命的な欠陥を伴っている、といわざるをえません。
少なくとも「史実を見極める」と語る研究家のとるべき行動ではないと思います。

ですから、「フィクション」を疑うのと同様、鈴木氏の歴史観にも疑いの目を向けておく必要があると考えています。

確かに鈴木氏の通説批判は非常に攻撃的であり、
読む者にとっては一種の快感を伴なう事でしょう。

しかしその内実は上に書いたように諸刃の剣であり、
「鈴木氏がこう言っていた。だから通説は間違いである」
とは簡単に断じる事などはできないのです。

鈴木氏を断固否定せよ、とまでは言いません。
しかし、「史実を見極めよ」と語る鈴木氏の説及びその行動について、
それは果たして鈴木氏の志のとおりのものなのか、
疑いの目を向ける必要はあるのではないか

自分はそう思っております。

個人的には鈴木氏は彼が批判する通説主張の勢力とは、
その主張が異なるだけで、基本的な姿勢は変わらないように見受けられます。

ですので、そんな自分の姿勢を顧みることもなく、
フィクションに噛み付く鈴木氏の姿は滑稽であると思い、
アマゾンのレビューではあえて辛めに採点をいたしました。

最後になりますが、
私は鈴木氏のあの主張の仕方及び研究方法には、
疑問がありますし、反感を抱く人間ですが、
彼の語りたい根本部分、即ち、
「勝者のみを過大評価するのではなく、史実を見極める」
という彼の主張には大いに共感している人間です。

それだけに、都合良く史料を集めて、
「すべては運次第」
とかいうような結論を安易に導き出す鈴木氏の手法には、
疑念を抱かざるをえないのです。

夜分遅くに長文大変失礼いたしました。
ご不快であるならば遠慮なく削除なさってくださって結構です。
2007-06-11 Mon 03:15 | URL | アマゾンレビューのもの #-[ 内容変更]
はじめまして、書き込みを頂き感謝致します。
ただ、私の方からも再度の論証をお許し下さい

>>史実と誤解する方が問題
いや、確かにそうです。
視聴者・読者がよくよく勉強し、史実かどうかを確認する様にすればこういった誤解が防げるでしょう。ただ、それはそれなりに歴史に理解のある者や、歴史学を囓った者にしか通用しない理屈だと思います。
例えば、平将門が「神皇」と名乗った、というのは「歴史常識」になっていますし、入試にもそのまま出題されます。が、実際は成立年代不明の『将門記』にしか記述が見あたらず、ウラがとれないので史実として扱えない、というのが研究者や研究所を囓っている人間にとっては常識なのです。が、そういう人たちが声を大にしないため、いまだに教科書に載り続けている訳です。
歴史ドラマにしても同様で、誰かが「あれはフィクションである」と声を上げない限り、誤解する人間は増え続け、そこから虚構が拡大再生産され続けるでしょう。この本が研究書であったり、それなりに歴史好きの人間が読む様な選書であるならともかく、本書はあくまで歴史初心者にターゲットを絞った、いわば啓発書です。これは私のレビューにも書きましたが、「誰かが噛みつかなければならない」ことだと思っています。

>>鈴木氏の歴史観
別に白兵戦を完全に否定していませんし、敗北者を美化しているとも思えないのですが・・・ 限定的な状況では白兵戦兵器が威力を発揮したであろう事は認めていると思いますが・・・
信長・秀吉・家康に対する評価にしても、基本的には間違っていないと思います。

>>蟹江城
確か、これは元々信雄方だったのが、秀吉方に内通して滝川一益らを迎え入れたものの、徳川方に城を奪還されたものと認識しているのですが・・・ 違いましたでしょうか?
確かに、鈴木氏の一連の書籍でこれについて言及がないのはいささかアンフェアかも知れませんね。
ただ、仮にこれを「秀吉方の城の失陥」と見なしても、その後伊賀・伊勢方面での秀吉方の浸透に対し、家康がなす術がなかった事実には変わるところがありません。結果的に家康は秀吉と和睦するまでに時間がかかりましたが、その間に織田信雄・長宗我部元親といった盟主・盟友たちが各個撃破されて戦線から離脱させられていくのを見ているしかなかった、というのが実情でした。が、後世の人間は小牧・長久手で家康がおさめた戦術的勝利にどうしても目が行ってしまう部分があります(自分も、中学生自分はそうでした)。家康が、何倍もの勢力を誇る秀吉に泥を付けた、という意味では家康の勝利かも知れませんが、戦争として見るなら、明らかに開戦前よりも秀吉の抵抗勢力は弱まっており、ほぼ近畿地方からは一掃されています。戦役全体を通じて見れば秀吉が勢力を伸張させて、家康は東海方面に釘付けにされていた訳ですから、やはり「家康が戦争に勝った」と言うには無理があるでしょうね。

>>鈴木氏の姿勢
確かに、この『戦国時代の大誤解』は、鈴木氏の書籍の中では、かなりデキの悪い部類だと思っています。レビュー中にも書きましたが、出典は明記されていませんし、正直言って論証がかなり雑です。『鉄砲と日本人』では、これでもか、と註釈が入っていたのですからそれと比べると、かなり「手抜き」な印象を受けます。そういう意味では、「もう少し良い商品に仕上げてくれ、手抜きはするな」と言いたい気持ちはありますね。勿論、PHP新書ですからボリュームの問題があるのでしょうが、同レーベルの『だれが信長を殺したのか』(桐野作人)などは、かなりの力作になっているので、「手抜き」を批判されるのは大いに結構だと思いますけど。

>>最後に
鈴木氏は、「全て運次第」とは言っていない様な・・・
「運の要素も大きかったんですよ」、という程度の主張でしたし、これは至極真っ当な見解だと思います。歴史上の勝者の振る舞いが、全て「勝因」と捉えられる風潮を批判する人間が少なかったこともありますし、wikipediaの鈴木氏の項目がかなり「非常に高圧的かつ攻撃的」な内容になっていることに対する、判官贔屓もあるのかもしれません。『天下人史観を疑う』では、信長を「チャンスを逃さない才能の持ち主」と、しっかり評価している点が忘れ去られてしまっている様で・・・ 鈴木氏の論証に強引な点(引用元を明かさないこともある)が見られるのは事実ですが、彼を批判する側の意見にも、結構無理がある様に感じます。

>「勝者のみを過大評価するのではなく、史実を見極める」
>という彼の主張には大いに共感している人間です。
とお書きになっているので、このへんはご理解頂けると思いますが

私は、「内容が不快である」と言う理由で、頂いた書き込みを削除することはありません。文章を書くのはそれなりにエネルギーを要しますので、それを無碍に消去することには耐えられません。今回も、非常に長い書き込みをお寄せ頂きましたが、かなりお時間をとったことと思います。そういう書き込みを頂いたことに大変感謝しております。非常にぶしつけではありますが、以上を以て感謝の言葉としたいと思います。また、何かございまいしたら書き込みを頂けると幸いです
2007-06-11 Mon 07:29 | URL | オジオン #-[ 内容変更]
ご丁寧にありがとうございます
早速のお返事ご丁寧にありがとうございます。
突然の無礼を働いておきながら、
ご丁寧な対応をしていただき、こちらの方こそ感謝の言葉を申し上げます。

私の言いたいことは先の書き込みでほとんど書いたつもりではございますが、
いくつか説明不十分だった点、また疑問がある点があるため、
再び書き込みをさせていただきたく思います。


「フィクションの誤解を正す」こと自体は自分は問題であるとは思いません。
特に歴史小説の場合、フィクションとして描かれながらも、
その作者が自作のフィクションそのままに「歴史」として自分の主張を展開する嫌いがありますね。
最近では例えば「信長の柩」シリーズの加藤廣氏が、
本能寺の変についてフィクションとしてならばともかく、
自作の物語を「史実」であるかのように主張をなされており、
こういう行為に対して「それは違う」と主張をすることは何ら間違いとは思いません。
「信長は謀略で殺されたのか」はその意味でも名著だと思いますよ。
(内容が優れている事は言うまでもありません)

しかし「戦国時代の大誤解」で鈴木氏が噛み付いたのは、
自ら歴史論争を展開したわけでもない、NHK大河ドラマなどのフィクションそのものであり、
このドラマのストーリーを元に自説として歴史「誤解」を広める事に噛み付くならまだしも、
「このドラマは間違っている!」
と作品そのものににケチをつける真似は無意味であると感じたまでです。
ドラマは所詮フィクションなのであり、
鈴木氏自身あとがきであるように「ドラマで嘘をつくなとは思わない」ためです。

やはりこれはフィクションを作った作者ではなく、
視聴者並びに誤解を広める人間の責任であり、
作品そのものを口汚く罵る事に意味があるとは思えません。
フィクションを元に歴史を語る人間は自ら無能であると証明しているようなものであり、
これに噛み付く事にこそ意味があると思います。


さて、鈴木氏の姿勢についても見解の相違があるようですので、
言葉足らずだった部分も含め、以下書き込みをさせていただきたく思います。

まず鈴木氏の「天下人史観」ですが、信長秀吉はともかく、
家康については、「運だけの人」と断じています。

確かに鈴木氏がいうように「運」という要素は存在します。

これは野球などで例えるとよくわかりますが、
凡打のはずがタイムリーヒットとなったり、
逆に相手のホームランのあたりが味方のファインプレーで凡打となるなど、
「ツキ」という要素は確かに存在します。

しかしそれだけで勝利がもたらされるようなものではありません。

鈴木氏が信長の項目で書くように、
「ツキを味方にする才能・実力」が必要となるのだと思います。

小牧長久手でもそうですが、
自分は何も「蟹江城を落としたのだから家康の勝利」とは思っておりません。
あの戦いは秀吉の勝利だった、と思っております。

しかし、鈴木氏が言うような、
「秀吉は西向きの人間だったから家康は助かった」
というような単純なものではないと思います。

少なくとも鈴木氏が認めるように、
「秀吉は家康との戦いに時間を取られるのを嫌った」のは、
不利な状況下でも家康の強硬な抵抗があってはじめて起こりうるものですし、
(余裕で勝てるなら秀吉は躊躇なく家康を踏み潰し、
強硬に従属させているでしょう)
「負け戦」でありながらも、
周囲に敵が多い秀吉の状況に付け込んで、
2年間簡単に臣従せず、秀吉から人質をとることまで成功し、
「秀吉は家康を怖れている」
と周囲に思わせ、それを世間に宣伝し、
それらも背景に自身の存在感・地位を高める事に成功したのだとすれば、
これはこれですごい政治的才能を発揮していた事となります。
(これは北の将軍様顔負けの瀬戸際外交の賜物なのですが)

少なくとも「運が良かっただけ」の一言で済むような事ではありません。

信長同様家康も、
「ツキを味方につけるべく努力し、
巡ってきたツキを生かす才能を持っていた」
と見るのが自然です。

さらに言えば、信長を、
「個人の才能だけで家中を保たせていた脆弱な政権しか築けなかった」
と厳しく断じるならば、
家康が250年以上続く体制の礎を築く事に成功した点についての、
高い評価があってしかるべきです。

しかし鈴木氏は家康については断固として高評価をしようとはしません。

逆に言えば家康をあのように攻撃的に断じるならば、
信長・秀吉はもちろんの事、
彼の大好きな武田信玄など、一連の戦国大名は皆、
「運がよかっただけ」と断じるべきですが、それを行う気配もありません。

このような「不公平さ」が彼の歴史観の大きな問題です。
鈴木氏が「家康は嫌いだ!」とした上で、
「ひたすら家康の悪口を書きたい」と言うなら仕方がありませんが、
しかし鈴木氏は、
「好き嫌いではなく歴史を見極める」
と歴史の真実に迫ろうとしていることを大義名分としています。
そう言う人間が描くにしては彼の家康観はあまりにも偏ったものであり、
高く評価できるものではありません。

家康嫌いの方からすれば「よく言った」と喝采を送りたくなるものでしょうが、
冷静に見て、彼の家康観はあまりに不公平です。

「神君家康」とは評価が180度異なるだけで、
史実を都合よく解釈する、という意味では、
「神君家康説」も「鈴木説」も大差がないように思います。

しかも仮に彼が、
「歴史初心者向けに本を書いている」
とすればなおさら問題です。

通説が誤解を生むように、
彼の偏った歴史観が違う誤解を生む怖れがあるためです。

小牧長久手でも「不破文書」だけを根拠に自説を展開するのと、
その後の蟹江城攻防も踏まえて論理を展開するのとでは、
読者の受ける印象は大きく異なってくると思いますよ。

ですから私は鈴木氏の、
「勝者のみを評価しない公平な歴史を明らかにする」
という志はともかくとして、
その偏りの激しい歴史観を高く評価できないのです。

否定まではしませんが、
「疑う必要はある」
そう思うのです。

少なくとも悪口雑言を駆使しながら、
他人の研究を無批判に採用し、
過去の本の焼き直しを延々と繰り返しながら持論を展開する事が、
研究者としてのあるべき姿とは思えません。

再びの長文大変失礼いたしました
2007-06-11 Mon 17:55 | URL | アマゾンレビューのもの #-[ 内容変更]
ふむ。見解に相違があるのも事実ですがあなたの仰ることもよく判ります。

ただ、家康については正直、鈴木評は当を得ていると思います。
やや点数が辛すぎる気もしますが、
 「小牧・長久手は家康の負け」
 「プランナーとして、石田三成に劣る」
 「関ヶ原以外、大規模な野戦で勝利したことはない」
などは、どうみても認めるしかないかな、と。
鈴木氏は挙げていませんが、他にも家康には全国規模での軍事行動を行う天下人としては信じられないレベルのポカミスが多く、正直実像以上に過大評価されていると思うからです。このへんについては、こちらの「歴史群像」レビューでも取り上げています。
ただ、確かにあなたの仰る様に、家康は最終的な勝利者であり、才幹の部分で信長・秀吉に大きく劣る部分があったとはいえ、運を呼び込む粘り強さに恵まれていました。喩えるなら、カエサルに対するアウグストゥスの様なものかな、と理解しています。遠江時代の武田家との苦闘や、小牧長久手での瀬戸際外交戦術などは、いずれも「弱者の戦い」ではありますが、その粘り強さは私も高く評価していますので。
そういう部分を、鈴木氏が評価していないのは、「世間で十分評価されているから今更言うまでもない」という均衡感覚が働いたのか、単なる好き嫌い(偏り)なのかは判然としませんが、いささか公平さに欠けているとは思います。いずれにせよ、私が氏の主張を丸飲みすることはないと思います。
あと、武田信玄に対して不自然に評価が甘いのは同感ですね。個人的には、信玄に限らず、この時代の戦国大名は全般的に、実像以上に高く評価されている者が多いと思います。

拙い文ではありますが、お返事と替えさせて頂きます。
宜しければ、またのご来訪をお待ちしております
2007-06-13 Wed 00:56 | URL | オジオン #-[ 内容変更]
やや感情的になっているこちらの書き込みに、
紳士的なお返事をいただきありがとうございます。

家康評についてはオジオン様とほぼ同意です。
かなりしぶとく、その半面隙があらば全てを奪い去ろうとするような抜け目のなさを持つ用心深い小心者、
良くも悪くも慎重型の戦国大名の典型という印象です。

ただその男が信長・秀吉というすさまじい成長株にくっつき、
その中で着実に己の勢力を拡大する事に成功することができたことこそ、
家康が天下人として大成功をおさめるにあたっての最大の幸運だったといえるでしょう。
(もちろんそのために並々ならぬ苦労もあったのですが)

そうでなかったら、地方の一大名……、
いや、今川の一門衆(今川義元は家康を一門としてかなり厚遇していたようです)の一人として、
その生涯を終えても不思議ではないタイプだと思います。

関ヶ原についてもおっしゃるとおりですね。
あの戦いは結果的には家康の「政略」が見事なまでに効果を発揮して大勝利したため、
「家康は勝つべくしてかった」と見られがちですが、
現実には、
「政略に依存するしかない(西軍を寝返らせるしかない)」
ほどに追い詰められた戦いを家康は展開していたわけであり、
しかも「政略」をもって戦いに臨むならば家康は圧倒的に有利な状況であるにもかかわらず、
「どうなるかわからない」
という状況にまで勝負を持ち込んだ三成の才能というのはすごいものがあると思います。
鈴木氏のいうように家康が逆の立場なら、ああいう冒険は絶対やりません。

ただ、あの合戦の勝敗を見ていると、
最後の最後で戦に臨む諸大名が「政治的判断」を下すに際し、
両者の「地位の格差」が「運の強さ」と同時に大きく作用し、
二人の運命を大きく分けてしまったのだと思いますね。
だからこそ東軍の寝返りはなく、逆に西軍は壊滅的に解体してしまったのだと思います。

当時の圧倒的な権力基盤があればこそ、
家康は「政略」を駆使して三成の優れた戦略が生み出した不利な状況下でも、
それをなんとか打ち破り勝利できたのだ、そういう印象です。
政略を駆使するのはもちろん才能は必要ですが、
それ以上に家康の「権力」が、関ヶ原での彼の勝利に大きく作用したように思います。

ですから、家康を嫌う、という人の気持ちはわからないではないです。
これは「大国の論理」的な嫌な勝ち方ですよね。

ただ好き嫌いは別として、自分の国を守り、
それを成長させることに成功していた、という点から見ると、
「全ての戦に勝つべくして勝つ偉大なる神君家康」とはいいがたくとも、
戦国大名としては十分有能な部類に入るのであり、
必要以上に褒め上げる必要もなければ、必要以上に貶める必要もないのだと思います。

ただそういう才能を持つ人は家康に限らず、
戦国大名の中にはたくさんいたことだと思います。

皆一国を背負っている人間たちです。
講談に出てくるようなおめでたい人間では務まりません。
皆それぞれが日々を懸命に戦っていたのだと思います。
私はそんな彼らの行動を結果とは別にそれぞれ尊重したいですし、
「こういう汚点がある。だからこいつを高く評価するな」
とかいう感じで自分は彼らを評価したくありません。
私が鈴木氏に感じる最大の違和感嫌悪感、とは、
案外こういう点にあるのかもしれません。

またも長文となってしまいました。
他のレビューとかも読ませていただいていると、
私などよりはるかに学術的見地から色々と御思考をなされているようで、
正直読んでいて自分の無知が恥ずかしくなりました。

武田信玄についても色々と御本を読まれているようで、
もし何かの機会で色々とお話を伺えたら、そう思いました。

そして最後になりますが、
通りすがりの人間でありながら色々とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

この点は平に謝罪をさせていただき、文の締め、とさせていただきたく思います。
2007-06-14 Thu 01:10 | URL | アマゾンレビューのもの #-[ 内容変更]
いえ、こちらこそ紳士的に対応を頂き感謝しております。

>>勝つべくして勝った神君ではなく、大名としては十分有能な家康
この評価が全てでしょうね。
もの凄い強運が味方をしたお陰で家康は天下人になりましたが、仮にその幸運がなかったとしても、今川家の実力者としてしぶとく生き残っていた様に思います。雪斎に直接指導を受けていたかどうかは微妙ですが、彼の門下にいた可能性はあり、若いながらも一門武将として今川家の一翼を担っています。丁度、豊臣家に対する宇喜多秀家のごとく、義元没後も今川家の家中で重きを為したのは確実だと思います。


一時期、歴史系の掲示板サイトなどに出入りしておったのですが、本当に無礼・無知な人間が少なからず居り、辟易しておりました。その点、あなたはこちらの無礼な元記事に対しても非常に紳士的に対応を頂き、論理的なコメントをお寄せ頂きましたので、こちらとしても本当に勉強になりました。
もし宜しければ、またこちらにいらして頂けると幸いです。
2007-06-14 Thu 03:44 | URL | オジオン #-[ 内容変更]
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