「幻想工房」の雑記帳。 管理人の頽廃的でデカダンな日々を赤裸々全裸に記録
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『天竺熱風録』 読了
2007-02-28 Wed 03:45
『天竺熱風録』(田中芳樹・祥伝社) 読了
tenjiku
田中ファンは待ちに待った「隠れた名将」王玄策の冒険物語
他の中国史歴史作家に比べ、素材の選定は秀逸である。が・・・
陳舜臣先生と対談(『中国名将の条件』)で言及され、田中ファンの間で瞬く間に存在を認知される様になった"知られざる名将"王玄策。題材の選定という意味では田中先生は凡百の歴史作家と一線を画していると言えるのではないだろうか。田中先生が取り上げた人物については、他にも陳慶之(『奔流』)、民間伝承の人物なら花木蘭(『風よ、万里を翔けよ』)などがおり、お偉い大学の先生方の目にとまらず、日本ではほとんど存在を知られていなかったに彼らの知名度を飛躍的に高めた功績は、やはり偉大であると思う。

・・・と、ここまでは本当に手放しに称揚できる。
が、ここからは辛口の評価になる。 田中先生の信者は回避推奨(^^;)


正直に言うと、この『天竺熱風録』は、田中先生の往年の作品(SF小説時代も含めて)と比べると、特別面白い作品だとは言えない。大きく分けると純粋に作品としての問題点と、先生の歴史観というか唐初の英雄たちの評価についてに分かれる。順に挙げていこう。
【作品としての問題点】
(1)講談調の文体が田中先生の持ち味を殺してしまっている
田中先生の持ち味は、斜に構えていながらも根は純粋で志の厚いキャラクターたちによる、嫌みたっぷりの皮肉を装っての軽妙な掛け合いにあると思う。「銀河英雄伝説」で挙げるなら、キャゼルヌ&シェーンコップ、ポプラン&コーネフ、ロイエンタール&ミッタマイヤーなど、名コンビがおり、彼らの軽妙な掛け合いが作品にリズムを生み出していた。しかし、この『天竺熱風録』では「三國志」の講談などに用いられる講談調になっている。・・・が、これが田中先生のこれまでのカラーに全くあっていない。この地の文だと、キャラクター同士の掛け合いは浮いてしまう。正直、彼岸と智岸の両僧侶(「スター・ウォーズ」のR2-D2とC-3POの様なポジション)の掛け合いは、悲しいほど浮いていた。
先生としては、これまでの作品のカラーを払拭する意味合いもあってあえて講談調の文体を採用されたのだろうが、往年のファンの立場からすると、先生の魅力が薄れただけの印象が残ってしまい、残念だった。
(なお、後記ではこの文体を「擬講釈文」と号している)
(2)徹底した勧善懲悪もの 娯楽作品として成功しているのか?
まず、違和感を覚えたのは戒日王(ハルシャ=ヴァルダナ)死後、その王位を簒奪した阿祖那(アルジュナ)をただの小悪党と設定してしまっている点。世界史の基礎的知識だが、戒日王死後にはヴァルダナ朝の支配体制は急速に崩壊していく。つまり、王玄策は天晴れ奇功を立てた名将ではあるが、別段インドに平穏をもたらした訳ではない
また、ここで『旧唐書』を検索にかけたかぎり、「玄策從騎三十人與胡禦戰,不敵,矢盡,悉被擒」とあり、阿祖那の無道によって作品内では抵抗するまもなく囚われているが、実はしっかり抵抗している様子。つまり、作品内で殺されていた兵卒もかわいそうだけど、殺されても止む無し、と言えるのかも知れない。
まぁ、それはおいておくとして、王玄策には囚われた部下たちを助ける立派な大義名分があった訳だ。彼の行いは冷静に評価すれば、インドに混乱しかもたらさなかった様に思うが、それでも王玄策には阿祖那と戦う立派な理由がある
・・・が、それならなぜ阿祖那を一廉の人物として描写しなかったのか。阿祖那は確かに簒奪者ではあるかも知れないが、彼にも簒奪に至った言い分があったはずだ。阿祖那を貶めるということは、その阿祖那を破った王玄策をも貶めていることになるのだが・・・ 天竺を愛する王玄策が、苦悩の末に阿祖那と対陣する、という様な筋書きにすれば、より面白い作品に仕上がった様に思う。
勿論、それが田中先生の志向するエンタテインメント作品でない、としたら止む無しである。だが、「銀河英雄伝説」で民主主義の素晴らしさを謳うと同時に、独裁者・簒奪者が必ずしも悪ではないことを繰り返し強調していた先生と比べると、どうしても作品としての底が随分と浅くなったように感じられてしまう。
【史実に基づいた小説? 歴史観とか】
まず、先生の歴史的な事実の扱いについて、以前から思うところがあった。
とにかく、二重基準(ダブルスタンダード)が著しいのだ。
代表して、先生お気に入りの唐太宗(李世民)について作中から
 「私生活におきましては、あまり逸話がございません
 「女色にも酒にも、たいして興味がないのです」(p28)
・・・それ、全く史実と違う(^^;) 李世民の個性は、ほぼ隋煬帝(楊広)のそれと等しいと言える。李世民については、彼の無軌道さをあらわす逸話が多く伝わっており、かなりやんちゃといおうか、活力溢れる人物だった様だ。この辺は、手前味噌だけどここを参照のこと。
どうも、先生はお気に入りの英雄のマイナス面や人間くさい面については無視し、その偉業ばかりを盛んに喧伝される傾向にある様だ。その割りには嫌いな人物たちには極めて冷淡だ。『海嘯』で世祖フビライ汗を小人物に貶め、劉備については対談などでやたらと欠点を論う。これは正直、フェアじゃないだろう。
唐太宗を尊敬するのは判るが、彼の悪い点(印象操作)を真似るのはいかがなものか
そして、この印象操作もあまり良い方向には作用していない様に思う。私は、先生の紹介された唐太宗については「美点ばかりで胡散臭い奴」という印象しか持てなかった。もっと言うなら、完全無欠のスーパーマンで全く感情移入できなかった
李世民の評価をあらためるきっかけになったのは、上にもリンクを引いた布目先生の著作からだ。布目先生は李世民の欠点を散々挙げた上で、それでも彼が(史料改竄を差し引いても)中国屈指の偉業を成し遂げた皇帝であることを論証されている。この布目先生による唐太宗の方が、はるかに人間的魅力に富んでいる様に感じられるし、感情移入が容易で、誤解を恐れずに言えば小説的であると言えるのでは無かろうか。
つまり、娯楽作家であるはずの田中先生は人物造形において学者先生以下の力量しかない、ということだ。より正確には、「銀河英雄伝説」を執筆している当時にはあったあらゆるキャラクターを客観的な視点から描写する能力が減退してしまっている、と言えるかも知れない。


まとめ
あの一大叙情詩「銀河英雄伝説」を手がけた田中先生が一面的な見方しかできなくなってしまったのか、と思うとやや残念ではあるが・・・ 中国史のマイナー人物を紹介された功績は素晴らしいと思う。素材の選定は文句なしだが、その調理の仕方については大いに問題があった様に思う。年寄りの繰り言で、作品の評価からやや外れてしまった感もあるが、こういうレビューがあっても悪くはないだろう。
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この記事のコメント
私の中で
田中芳樹は銀英伝とアルスラーン戦記の一部を書いたところで夭折した作家と思っています。
そうとでも思わなければやってられません。
なので、以後の作品はなかったことになっています。
2007-02-28 Wed 23:18 | URL | すかいらいたあ #-[ 内容変更]
>>田中芳樹先生
本当に、娯楽作家あるいはストーリーテラーとしての彼は年々力量を落としてきていると思います。素直に「西風の戦記」や「アップフェルラント物語」とかを書いている時の方が好きでしたね~

>>中国もの
ただ、短編作品を中心として中国歴史ものの作品は、題材の選定の妙もあり、良い作品も多いと思います。「纐纈城綺譚」は伝奇ものっぽかったですが、面白かったです。
「白日、斜めなり」や、「宛城の少女」、「長江落日賦」、「茶王一代記」など印象に残った作品が多く、日本ではマイナーな中国史上の人物を知るきっかけになったりとか、そういう意味では尊敬しているのですが・・・
2007-03-01 Thu 00:15 | URL | オジオン #-[ 内容変更]
>「西風の戦記」「アップフェルラント物語」」「長江落日賦」
このへんも読んだことあります。
昔は本当に面白いと思っていたんですけど、隋唐演義あたりからおかしなことになってきました。
というか、あの内容なら田中芳樹が書く必要というのがないと、当時は思いましたね。
読者は銀英伝とか風よ万里を翔けよとかのイメージで田中流歴史小説を読みたいと思っている人が大半だったでしょうから。
2007-03-01 Thu 07:28 | URL | 南斗 #I4t1ZHtI[ 内容変更]
>>「西風の戦記」とか
まんま「時をかける少女」テイストですが、良い出来だったと思います。「自転地球儀世界」シリーズにも通じるものがありますが、こういうシリーズは嫌いじゃなかったです。

少なくも、ある一定以上の年代には「銀河英雄伝説」=田中芳樹というイメージが出来上がっているのは間違いないと思います。幸か不幸かは別として。
北方先生など、他の作家さんは非常に日本人的な解釈で中国古典を作品化しているのですが、「隋唐演義」あたりから、中国もののテイストをそのまま尊重(?)してほぼ翻訳版の様な仕様になっているのが厳しいです。
2007-03-02 Fri 23:04 | URL | オジオン #-[ 内容変更]
はじめて、お邪魔させていただきます。

私も、『銀河英雄伝説』や『アルスラーン戦記』には、たいへん熱中させてもらいました。
それだけに、『創竜伝』以降の田中先生の作品には、非常にガッカリさせられました。
『銀英伝』で、絶対善や絶対悪の存在を、かたくなに否定された先生が、なぜあのようなチープな勧善懲悪ものを書くようになってしまったのか、いまだにわかりません。
その後に出た劣化『創竜伝』とも言うべき、薬師寺涼子シリーズにいたっては、勧善懲悪ものとしても最低でした。
アレを読んで以来、田中作品には手を付けていません。
というか、ライトノベル自体を読むのをやめてしまいました。
私にとって、ライトノベルとは田中芳樹その人だったんですよねぇ。

ところで、唐の太宗ですが、私もカッコつけたがりなところが、大嫌いです。
普通にしてても、充分カッコいいと思うのに、なんであんなにカッコつけたがるんでしょうか。
2007-03-04 Sun 17:09 | URL | げばらの髭 #-[ 内容変更]
はじめまして、げばらの髭さん
ようこそ「幻想工房」へ いや、何も出ませんけど(^^;)
これからも宜しくお願いします。
>>「創竜伝」シリーズ
私は、あれは本当に自慰小説だと思います。
ストーリーはほとんどおまけで、田中先生が作中で自分の気に入らないタイプの人間(実社会の人物)をモデルとしたようなキャラを徹底的に貶める内容に、正直辟易しました。
森鴎外もそうだったようですが、これは作家の病でしょうね。
>>薬師寺涼子シリーズ
これは読んでいませんが・・・ 読まない方が幸せそうですね、いろいろと

>>唐の太宗
私は今は太宗ファンになっていますけどね。
何というか、田中先生が描く作品中の太宗は本当に鼻持ちならない奴で大嫌いですが。史実の太宗はもの凄い才能に恵まれながらも、実はいろんな失敗談や人間くさいエピソードがあり、本当に憎めない部分があるというか。こういう人間くさい部分を掘り下げるのが作家の仕事でしょうに、そういう部分を「都合が悪い」と切り捨ててしまう田中先生のキャラクター造形は、本当に疑問。
「銀河英雄伝説」執筆当時なら、もう少し複雑な人物に仕立て上げることが出来たのでしょうが・・・ 本当に作家としての力量が成長していないというか、むしろ衰えてきているのがファンとしては辛いです。
2007-03-05 Mon 02:34 | URL | オジオン #-[ 内容変更]
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