「幻想工房」の雑記帳。 管理人の頽廃的でデカダンな日々を赤裸々全裸に記録
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『足利義満 消された日本国王』 読了
2008-05-08 Thu 03:59
『足利義満 消された日本国王』(小島毅・光文社新書) 読了
ashikaga-yosimitu
いろいろと示唆に富む、興味深い一冊
だが、「視野の狭さ」で持ち味を完全に殺してしまっているのが惜しまれる。
まず、
 面白いのか、面白くないのか
と問われれば、文句なしに前者である。
作者のやや砕けた軽妙(というか、軽率というか飛ばし過ぎか?)な文体とも相まって、比較的硬いテーマを良い意味で、軽い気持ちで読ませてくれるという意味では、私のような初心者にもなかなか易しい&優しい一冊といえる。
例えば不仲で有名な義満と義持の関係では、義持の「笙始」(足利家の重要な儀式)・義量(5代将軍・義持の嫡子)の出生の時にどちらもタイミング悪く明使の対応に追われていたり、義満の四十九日の法要で義持が義満の肖像画に徽宗(亡国の君主)の「賛」を書いていたり、とこの親子の確執の深さを語ってくれている。また、南北朝対立の中で光厳・光明を見捨てたこと以て尊氏の「忘恩」を非難している点などは、大いに同意できた。他にも朱子学の解釈や、日本国内での広がりなどは非常に面白い。
そういう訳で、多少の脱線は目立つが非常に興味深い一冊だと言える。

・・・が、眉に唾をつけて読んだ方が良い部分もある。
著者は「義満の名誉回復」に血道を上げるあまり、視野を狭めてしまっていることに無自覚なのだ。確かに、明朝より「日本国王」に冊封されたことによって皇国史観主義者たちから「国賊」のレッテルをはられているという点は否定できない。
だが、本当に「明朝に冊封されることが東アジアの正規メンバーの必要条件」なのか、というとかなり疑問がある。確かに明朝は東亜随一の大国であったが、(例えば清朝のような)世界級の超大国であったかというとそうでもない。明朝は最盛期の永楽帝期ですら北方騎馬民族を圧倒できず、この英主が没して後は防戦一方に陥っている。これらのエセン部やオイラート部に代表されるモンゴル高原の諸勢力は「東アジアの正規メンバーではないというのだろうか?
結論から言ってしまえば、小島先生の仰る「東アジア世界」というのは漢字文化によって歴史が記録された漢字文化圏に限定される、非常に「偏狭な意味での東アジア」である点に注意を払って欲しい。この漢字文化圏を以て東アジア世界と定義するのは、「大日本帝国」を称して中国や韓国を見下していた(本書p263)、かつての日本と同種の傲慢・偏狭だと言えないのだろうか。要するに、漢字・漢語で記録されている史料を読み解いていけばいかにも「中華を中心とした漢字文化圏が世界の中心である」という風に感じられて当然である。が、それを割り引いて受け止めるのは、歴史学者として当然行う「史料批判」の基礎中の基礎だと思うのだが・・・ このへんの中華文明を相対化できない視野の狭さは歴史学者として致命的だと言える。この点が残念でならなかった。
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