「幻想工房」の雑記帳。 管理人の頽廃的でデカダンな日々を赤裸々全裸に記録
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | top↑
本紀一上 光武帝紀第一上 その05
2007-08-31 Fri 21:43
【原 文】
初王莽徴天下能為兵法者六十三家数百人、並以為軍吏、選練武衛、招募猛士、旌旗輜重、千里不絶、時有長人巨無覇、長一丈、大十囲、以為塁尉、又駆諸猛獣虎豹犀象之属、以助威武、自秦漢出師之盛、未嘗有也、光武将数千兵、徼之於陽関、諸将見尋邑兵盛反走、馳入昆陽、皆惶怖、憂念妻孥、欲散帰諸城、光武議曰、今兵穀既少、而外寇強大、并力禦之、功庶可立、如欲分散、勢無倶全、且宛城未抜、不能相救、昆陽即破、一日之間、諸部亦滅矣、今不同心膽共挙功名、反欲守妻子財物邪、諸将怒曰、劉将軍何敢如是、光武笑而起、会候騎還、言大兵且至城北、軍隊数百里、不見其後、諸将遽相謂曰、更請劉将軍計之、光武復為区画成敗、諸将憂迫、皆曰諾
【現代語訳】
過去に王莽は天下の兵法者のうち六十三流派の数百人を徴してこれを軍吏とし、武衛(親衛隊)を選抜して鍛え、勇猛な士を募集し、軍旗や補給部隊は千里にわたって途切れないほどだった。時に、長身の巨無覇という者がいた。身長は一丈(約237.5cm 参照)、胴回りは十囲(不明 体格が立派ということか)もあり、これを塁尉とした。さらに、虎、豹、犀、象のたぐいといった様々な猛獣を駆りだして、威勢を高めた。秦漢の時代より、ここまで出撃する軍団が盛んなのはなかったことだ。
光武帝は数千の兵を指揮して陽関にてこれを邀撃(徼)することになった。諸将は王尋(大司徒)・王邑(大司空)軍の勢いが盛んであることを見て昆陽に逃げ帰り、皆は朝廷軍を怖れ、妻子のことを心配して諸城(自分たちの妻子を残してきた城)に帰ることを希望した。光武帝は会議の席上で、
「今、すでに糧秣は少ないのに外の敵軍は強大である。皆で力を合わせてこれを防御すれば大きな功名を挙げることが出来るであろう。しかし、分散して各自の拠点に戻ってしまえば完全に勢いを失ってしまうぞ。しかも、(伯升の軍は)いまだに宛城は攻略できていないので、これと連携することも不可能だ。この昆陽が攻略されてしまえば、友軍の諸部隊もあっという間に壊滅してしまうであろう。ここで一致団結して敵軍を防がずして、どうして妻子や財産を守れるというのだ」と言った。
これを聞いた諸将は怒って「どうして劉将軍はそのようなことを仰るのか」と言った。光武帝は笑って席から立った。たまたま候騎(斥候の騎馬兵)が帰還し、敵の大部隊が城の北側に接近中であることを知らせてきた。その軍勢は数百里もの隊列で、最後列が見えないほどだという。慌てた諸将は「もう一度、劉将軍に対応策を練って貰おう」と言い合った。光武帝は再び作戦を立案し、諸将は不安な気持ちで一杯だったが「わかりました」と返答した。
別窓 | 『後漢書』備忘録 | コメント:3 | トラックバック:0 | top↑
<<2007年度夏期アニメ第8週 | 「幻想工房」雑記帳 | 「ドラゴンクエストIV」 攻略日記 その03>>
この記事のコメント
かな~り、適当に意訳している部分があります。
最後の「諸将憂迫」とか、註釈だと「心配に駆られて」となっていましたが、正直よく判らない。
しかし、王莽の軍勢は凄いな~ クロコダインの百獣軍団にでも勝てそう(^^;)
2007-08-31 Fri 21:46 | URL | オジオン #-[ 内容変更]
>十囲
検索とかだと、ここ以外にも囲は5寸となっています。(十囲なら50寸)
ttp://homepage2.nifty.com/hyakkadairo/3594/sub9bunka/9sunpo.html
ただほとんどのサイトで十囲というのは慣用句で、体躯の太い人のことを言ったとなっていますね。
ttp://www.geocities.co.jp/Playtown-Denei/9481/3/kyocho.htm

陳瞬臣氏の小説十八史略とかだと王莽の軍勢は王莽軍は号して100万、実数40万、そして昆陽を包囲した王邑、王尋軍勢は10万あったそうですが、自分の直属の部下に手柄を立てさせるために他の部隊に冷たく当たり、出だし無用と厳命していたそうです。
負けたときは、他の部隊は本当に手出し無用で助けなかったそうです^^;
これは小説なのでどこまで史実なのかわかりませんけど^^;
2007-09-01 Sat 08:04 | URL | 南斗 #leF2ecbc[ 内容変更]
>>十囲
なるほど、高島俊男先生が仰るなら間違いないでしょう
てか、許褚もそうだったんですね(^^;) これは「三國志」ファン失格でしょうか

>>王莽軍
号して100万、実数40万は
 遣大司徒王尋大司空王邑将兵百萬、其甲士四十二萬人
が根拠でしょうね。
私は「甲士=重装兵」と解釈しましたが、陳舜臣先生は「甲士=武装兵」とし、残りの60万は輜重などの補給部隊ないしは工兵なのだとと解釈なのでしょうかね。王尋・王邑が手柄を独占するために、他の軍に手出しを禁じたというのは有りそうな話ですが、まだそこまで読めていないので、何ともですね~
2007-09-02 Sun 01:19 | URL | オジオン #-[ 内容変更]
top↑
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
top↑
| 「幻想工房」雑記帳 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。